自由法曹団通信1148号より
https://www.jlaf.jp/old/tsushin/2004/1148.html#1148-04
島田 修一 幹事長を退任して
杉島 幸生 事務局次長退任にあたって
後藤 富士子 「代用監獄」から「監獄もどき」へ ―「大規模留置場」という漫画
金 竜介 永住外国人地方選挙権付与法案と 第二回在日コリアンフォーラムの開催報告
永尾 廣久 裁判員制度と刑事司法改革
永住外国人地方選挙権付与法案と
第二回在日コリアンフォーラムの開催報告
東京支部 金 竜 介
一、永住外国人地方選挙権付与法案の行方
「永住外国人に対する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権等の付与に関する法律案」(以下「地方選挙権付与法案」)は、二〇〇一年に廃案となった後、二〇〇四年の前国会に公明党単独の議員立法として再び上程され、同国会で継続審議となったものである。今秋国会でようやく審議入りとなったが(政治倫理・公選法改正委員会)、自民党内に強い抵抗があり、本稿を書いている一一月二五日現在、成立の目処は立っていない。
二、差別的な公明党案~「朝鮮」表示者の排除
公明党は、永住外国人への選挙権付与を積極的に主張するが、同党案は、永住外国人の定義について極めて差別的な定めをしており、このまま法案を成立させることは絶対に阻止しなければならない。
公明党案は、「永住外国人の定義の特例」として、選挙権を与える永住外国人は、「外国人登録原票の国籍の記載が国名によりされている者に限る」と定めている(附則第三条)。
右の条文を一読しても多くの人は何のことかわからないのではないだろうか。要するに、公明党案は、「朝鮮表示」の者(一般には「朝鮮籍」といわれている者)(注1)について選挙権を認めないとしているのである。理由として、日本と朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」という)との間に国交がないことや拉致問題が解決していないことなどが挙げられている。しかし、これらの反対理由は、いずれも、歴史を知らず、「朝鮮」表示の者の現状を知らないという無知から来るものであり、理性的なものとはいい難い。
そもそも、自民、公明両党は、同法案を成立させることを、自由党(当時)も交えて、一九九九年に政策合意しており、その際には、「朝鮮」表示の者を排除するとはしていなかった。その後、拉致事件の発覚とこれに伴う在日朝鮮人に対する攻撃が始まり、法案の中身までが変えられてしまったのである。九九年当時も今も朝鮮との国交がないことに変わりはないのだから、国交のないことは理由となりえない。また、「拉致問題」が未解決であることが何ゆえ「朝鮮」表示の者を排除する理由となるのか、全く理解に苦しむ。「朝鮮」表示の者が投票を行うことにより、朝鮮政府の意向を受けた、反日的な地方自治体の議員や首長が誕生するとでもいうのであろうか。しかし、在日朝鮮人(「韓国」表示、「朝鮮」表示を問わない)の実際を知るものにとっては、このような危惧は、何ら具体的根拠のない妄想というほかない。
在日朝鮮人が永住権を持つ以上、国籍国ではなく居住地の政治をより良くするために投票を行うことは当然である。あえて日本が不幸になることを投票の目的とすることなどありうるはずがない。それは、日本国籍保有者の投票と全く変わるところはない。しかし、「外国人」は、日本の国益を損なう投票行動をする者だとの前提から多くの日本人はなかなか抜け出せないでいる。理屈ではない、ぬぐい難い感情がそこには横たわっている。日本人が持つこの感情を払拭するのは容易ではない。
三、在日コリアン弁護士協会主催「第二回在日コリアンフォーラム」の開催
一一月一四日、東京の在日韓国YMCAセンターにおいて在日コリアン弁護士協会(注2)主催の「第二回在日コリアンフォーラム 在日コリアンの政治参加を求めて~参政権、国籍、そしてアイデンティテイ」を開催した。パネラーは、白眞勲(民主党参議院議員)、辛淑玉(人材育成コンサルタント)、陳賢徳(在日本大韓民国民団中央執行本部)、二木啓孝(「日刊ゲンダイ」編集部長)。
私たち主催者の予想を大きく上回り、立ち見を含め二五〇名以上の参加者で会場は満員となった。この種の集会は、従来であれば、在日コリアン団体やその支援者のみが参加するというのが常であったが、幅広く呼びかけをしたために、様々な人たちに参加してもらうことができた。そのため、「在日コリアンに選挙権がないことを始めて知った。」、「在日コリアンの『韓国』表示と『朝鮮』表示は出身地で決まるのかと思っていた。」という「初心者」の方々にも多く参加してもらうことができた。また、在日朝鮮人のみでなく、いわゆるニューカマーの外国人やその支援者も多く駆けつけてくれたことも大変うれしいことだった。
国政選挙権について意見が分かれたものの、地方参政権は、選挙権及び被選挙権とも認めることや「朝鮮」表示者を排除すべきでないことについては全員の意見が一致した。そして、「国会議員にはこの問題に関心がない人が多い。差出人不明の嫌がらせメールも多い。そういう現実の中では半歩づつ進む忍耐が必要。日本の市民や国会議員が賛同してくれる道筋を考える必要がある。」(白眞勲)、「政治の支配を受ける者は、その支配にアクセスできる権利が保障されなければならない。」「法案を作るのであれば、在日を入れて作るべきである。」(辛淑玉)との声が会場の共感を受けていた。
四、問われるべきは日本人の姿勢
選挙権・被選挙権のない在日朝鮮人は、法案づくりに携わることすら拒否されている。公明党からも野党の各政党からも選挙権についての様々な意見は出されるが、「法案を作成する際には、当事者である在日朝鮮人も参加させるべきだ」との声は全く聞かれない。
また、「選挙権が欲しければ、帰化するべきだ。」との声も相変わらず日本人の多くから聞かれる。この点について説明する労苦を厭うつもりはない。しかし、「議論するにしても、せめて一九五二年の在日朝鮮人からの日本国籍剥奪の経緯くらいは知った上で話をしてくれませんか。」というのが、私の偽らざる気持ちではある。
在日朝鮮人に関する歴史と現状を知った上で、参政権を認めるのか否か。問われているのは在日朝鮮人の側ではなく、日本人の姿勢である。
五、法案の行方
自民党有志でつくる「外国人参政権の慎重な取り扱いを要求する国会議員の会」(平沼赳夫代表)が、審議入り阻止の強い働きかけをするなど、審議入り自体を反対する動きもあった。
ようやく、一一月一六日、同法案は、政治倫理・公選法改正委員会で審議入りした。しかし、同委員会の審議においても、自民党は、同党内の反対論を強調し、公明党案に反対する姿勢を示した。
「敵対国の者が選挙権を使って国と地方の協力を妨害し、国の安全を脅かす最悪の場面も想定しているのか。」「日本は単一民族国家で欧州とは違う。」「将来に渡っても被選挙権は与えない方針であると確約できるか。」(後藤田正純)との発言を見る限り、自民党内での反対意見は相当大きいようである。
また、公明党は、「朝鮮」表示の者を排除するとの点を修正する姿勢は全く示していない。民主党もあからさまな反対意見は少ないものの、積極論者が大勢を占めているわけではないという。
前国会で継続審議となったこの法案が、今国会で成立する目処は今のところ立ってはいないようだ。
私たち在日コリアン弁護士協会は、在日朝鮮人の参政権の獲得を一貫して追及してきた。今国会の結果如何に関わらず、今後ともこの問題を粘り強く追及していく決意である。
注1 「韓国」表示、「朝鮮」表示
在日コリアンは「韓国籍」と「朝鮮籍」に二分され、「韓国籍」の在日コリアンは大韓民国の国籍のみを持ち、「朝鮮籍」の在日コリアンは朝鮮民主主義人民共和国の国籍のみを持つと一般には思われているが、この理解は誤りである。一般にいう「朝鮮籍」とは、日本の外国人登録原票の国籍欄の表示が「朝鮮」と記載されている者、「韓国籍」とは、同じく国籍欄の表示が「韓国」と記載されている者を指すに過ぎない。
国際法上、国籍の決定は各国の国籍法によって定められる。朝鮮の国籍法は、日本の外国人登録が「朝鮮」「韓国」のいずれの表示の者であるかに関わりなく朝鮮国籍であるとする。同様に韓国の国籍法もいずれの表示の者も韓国国籍であるとする。このように、在日コリアンは、日本の外国人登録の表示が「朝鮮」であるか「韓国」であるかに関わりなく、法律的には南北朝鮮のいずれの国籍も保有していることとなり、いわば「二重国籍」状態にある(但し、通常の意味での二重国籍とは異なる)。したがって、在日コリアンの国籍が「韓国籍」「朝鮮籍」に二分されるというのは、法律的には誤りである。このような観点から、在日コリアンについては、「韓国籍」「朝鮮籍」ではなく、「『韓国』表示」、「『朝鮮』表示」と記すのが法律的に正確であり、実態にも即している。
注2 在日コリアン弁護士協会
二〇〇一年地方参政権法案、国籍届出法案が発表されたのを契機として翌二〇〇二年に設立された、在日コリアンからなる日本で唯一の弁護士団体。会員数約四〇名(〇四年一一月現在)。設立趣意に在日コリアンへの差別撤廃、その権利擁護、民族性の回復(民族教育の保障等)、政治的意思決定過程に参画する権利(参政権・公務就任権)の確保などを挙げる。現在は、裵薫、高英毅の両弁護士が共同代表を務めている。
注3 在日朝鮮人
一九四五年以前から日本に在住する旧植民地出身者と日本で出生したその子孫。「在日コリアン」、「在日韓国・朝鮮人」と同義。民族の総称であることから「在日朝鮮人」との表記が最も適切であると考えてこの語を用いる(但し、本稿では、誤読を避けるために「在日コリアン」とも記している)。大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国のどちらが正当であるかという問題とは全く無関係である。
余談であるが、正月の法事(祭祀)に集まった私の親戚は自分たちのことを「在日朝鮮人」と呼称している。「在日コリアン」という自称を公の場以外で用いている者に私は出会ったことがない。
注4 本稿では、在日朝鮮人以外の定住外国人の参政権については論じてはいないが、これは一般の定住外国人の参政権を否定する趣旨ではなく、在日朝鮮人を優遇すべきとの理由によるものでもない。但し、在日朝鮮人が日本に多く居住することになった歴史的経緯に鑑み、他の外国人と全く同様には論ずることはできないと考える。
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