拉致被害者の蓮池さん講演(上) 「夢を奪われた」「米朝と切り離した努力を」
丹波新聞2021年8月19日
◆目の前に日本人
拉致されて5、6年後、監視付きだったが、子連れで市内に出掛けた。当時、北朝鮮は5月1日のメーデーで祝日だった。あるところで車が止まり、ふと見ると、日本人の取材班だった。おそらく北朝鮮の祝日風景を取材に来ていたのだろう。よく見ると、ドキッとした。知っている人がいて、俳優の中村敦夫さんだった。後で知った話だが、キャスターとして平壌に来ていた。
一瞬、悩んだ。あのテレビカメラの前に行って、中村さんに「助けてくれ。われわれは拉致されたんだ」と言えば日本に伝わり、救われるかもしれない。
しかし、いかに愚かであるか、次の瞬間に考えた。おそらく、日本の取材班は、周りを監視で固められていただろう。カメラの前まで行けるわけがない。運よく撮影されたところで、カメラとフィルムを取り上げられれば終わりだ。そして日本に追い返すだろう。
その後、日本では騒いだとしても、われわれが救出されるという可能性はない。逆に、私に制裁が加えられるだろう。そう思った時に、何もできなかった。
私たちは夢、絆が完全に奪われて暮らしたし、今残されている人たちはそういう状況にいる。拉致問題の解決は、長い間、奪われている夢と絆を取り戻す過程にあると言える。
◆日本独自に解決を
今でも、北朝鮮が拉致した人を全員返せば事態は進む。だが、拉致問題が進まないようになった大きな要因は核、ミサイル問題だ。北朝鮮とアメリカ間の大きな問題だが、日本にも関連する。日本と北朝鮮との間では、核、ミサイル、拉致問題の3つが解決すれば、国交を結ぶという方向に行く。
拉致問題は別として、核とミサイルという問題は、非常に大きな問題だ。われわれが北朝鮮から帰って来た頃は、核とミサイルはそんなに大きな問題ではなかった。拉致問題さえ進めば、国交を結べるという状況にもあった。
その後、北朝鮮は6回も核実験を行い、ミサイル実験に至っては数えきれない。こういう条件の中で拉致被害者を返したところで、日本が国交を結ぶだろうかと北朝鮮は考える。アメリカは反対する。そういう状況の中で、拉致被害者を出すだけ損だと考える。つまり、米朝間で非核化の問題が進まないと、なかなか拉致問題は動かない。
ところが、トランプ大統領と金正恩委員長の間で、非核化の問題が話し合われ、一時は進むかのような状況になり、拉致被害者家族は期待を持った。
米朝で非核化が進めば、その後はお金の問題になる。トランプさんはお金を出さず、日本と韓国が出す。日本は国交正常化という中で拉致問題の解決を求め、拉致被害者を返して次に進むというシナリオがあったが、どうやら北朝鮮には完全非核化の意思はなかったようで、頓挫してしまった。
バイデン政権は、トランプ大統領のようなトップ会談はしないと宣言した。ますます、厳しく当たろうという感じだ。このままでは米朝が進まない。米朝の流れに沿った日朝交渉というのは、いつになるか分からない。悲しいかな、これが現状だ。
現在、帰ってきていない拉致被害者の両親で、存命の方は2人しかいない。この2人に、米朝の問題が進まないから待ってくれと言ってはいけないし、あってはならないことだ。米朝の流れではなく、日本が独自に考える方法が必ずあるはずだ。
例えば中国経由で何かやるとか、北朝鮮の生活が厳しい状況で人道支援とか、そういったものを見せながら、拉致問題の解決や将来の約束のようなことを総合的に考え、北朝鮮に提示していく必要がある。
このように、米朝とは切り離した、日本政府の努力、戦術、戦略というようなものが今、確かに求められている。
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