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446  これが訴状だ②

更新日:2021年1月3日

4-2-3 必要性、合理性の主張関連

(1)綱紀委員会の調査の前置の制度趣旨

 被告弁護士会は、懲戒請求者の個人情報を対象弁護士に流すことは「必要性・合理性がある手続きである」旨を主張する(甲34の14頁イ)。その論旨は全く不明確だが、対象弁護士に負担や不利益が及ぶから濫用的な懲戒請求を抑制する必要性のことを言っているのかも知れない。

 しかし、そのために綱紀委員会の調査が前置されているのである。

弁護士法案を可決した国会で、制度趣旨の説明がなされている。曰く「現行法においては弁護士の懲戒裁判がありますが、これを廃止して、弁護士会内に懲戒委員会を設けました。弁護士に非行があった場合には何人も懲戒の請求をなすことができることにして、國民に対する責任追及にこたえることとしたのであります。その反面、みだりに懲戒請求の弊を防止するため、綱紀委員会の調査の結果に基き懲戒委員会を開くことにいたしたのであります。」(甲1、官報 第五回國会衆議院会議録第二十六号。) 

綱紀委員会を前置することによる弊害の防止については、最高裁平成23年7月15日判決(橋下徹氏VS光市母子殺害被告弁護団)の竹内行夫裁判官の補足意見でも重ねて説かれている(甲35の4~5頁)。

したがって、弊害のおそれは綱紀委員会が適切に「ふるい」の役割を果たせば防止できるのであるから、弊害のおそれがあることを理由に、懲戒請求者の住所氏名をいきなり対象弁護士に通知する必要があると言うことはできない。


(2)10年前に可能だった会規改正

今日、マスメディアやインターネットの発達により、弁護士に関する情報を多数人が瞬時に共有することが出来、このような大量懲戒請求がありえることは、前記最高裁平成23年判決の橋下徹氏と光市事件弁護団の事件によって、早くからわかっていたことである。同事件で弁護団に対する懲戒請求が広島弁護士会に殺到したのが平成19年、一審判決は平成20年である。つまり10年も前である。その時に適切に会規を改正しておけば、今回のように一般の懲戒請求者が、対象弁護士から逆恨みされ提訴されて多大な損害をこうむることはなかった。

被告弁護士会は、適時適切に会規を改正するなどして、懲戒請求者と対象弁護士の双方を保護するよう、綱紀委員会の制度趣旨にかなう運用をすべきであった。それをしなかった怠慢を棚に上げて、懲戒請求者の個人情報を横流しにすることを正当化することなど、許されないものである。


(3)登録替え制限について

対象弁護士は懲戒請求の手続きが結了するまでは登録替え等ができないと言うが、それと、懲戒請求者の住所氏名を通知することは何の関係も無い。

そのような登録替え制限のために対象弁護士に不利益となるというのであれば、各弁護士会において可及的速やかに手続きを終了させればよいだけである。懲戒請求者の住所氏名を知らせることによって手続きが早く終わるわけではない。

 そもそも一般人は、そのような登録替え制限の存在など知らない。当職(弁護士)も受任して最高裁平成19年判決を読んで初めて知ったから、一般の懲戒請求者が知らなかったことについて過失はない。弁護士法は、なんぴとも懲戒請求できると定めており、予め弁護士法を熟知しなければならないというハードルを課していない。

したがって、法律上登録替え制限があるからと言って、懲戒請求者が個人情報を対象弁護士に横流しされることなど、到底予測できるものではなく、そのような不利益を課されることに何の必要性も合理性も無い。


(4)名誉、信用棄損について

被告弁護士会は、根拠のない懲戒請求を受けた場合には、名誉、信用等を不当に侵害されるおそれがあると言うが、そもそもその主張自体が誤っている。

綱紀委員や職員には守秘義務が課され(甲3、会規6条)、綱紀委員会も調査期日も非公開であり(会規7条、34条)、記録も非公開である(会規64条2項)。したがって、懲戒請求がなされたというだけで、対象弁護士の名誉、信用等が不当に害されるおそれなど無いはずである。

それにもかかわらずそのおそれがあると主張するのであれば、被告弁護士会は、委員や職員が守秘義務を守っていないとか、議事や記録を濫りに公開している事実を具体的に主張立証すべきである。かつ、そのことを懲戒請求者らが懲戒請求時に知っていたか又は過失により知らなかったことを具体的に主張立証すべきである。ところが被告弁護士会はそのような主張立証は一切行わない。すなわち、自らの主張が失当であることを認めているものである。

また、名誉、信用等を不当に侵害される「おそれ」という抽象的な可能性のために、全部の懲戒請求者の住所氏名を最初から対象弁護士に通知する必要など全く無い。


(5)弁明の負担について

ア 弁明の負担は常にあるものではないこと

被告弁護士会は、対象弁護士は弁明を余儀なくされる負担を負うと言うが、そうとは限らない。

対象弁護士に弁明の機会を与えるのは、不利益処分を科す前には弁明の機会を与えなければならないという適正手続きの要請によるものである。したがって、予め綱紀委員会で事案の調査をして、敢えて弁明を聞くまでもなく不利益処分を科さないという結論に至ったのであれば、弁明の負担を負わせる必要はない。たとえば本件の別件懲戒請求1(会長声明を懲戒事由とする訴外佐々木に対する懲戒請求)において、仮に弁護士会が、個々の会員が会長声明に直接関与していようがいまいが、会長声明自体に問題はないと考えて、対象弁護士を懲戒しないと判断したのであれば、対象弁護士に関与の有無を聞く必要はないであろう。

弁護士法上も、懲戒委員会の審査(これが刑事事件の公判のようなものである)と、その前段階の綱紀委員会の調査(警察の捜査のようなものである)とで、弁明の機会について差を設けている。懲戒委員会の審査にまで上がれば、懲戒処分の可能性が現実化するから、対象弁護士は審査期日で弁明する権利があることが規定されている(67条2項)。しかしその前段階に過ぎない綱紀委員会においては、そのような弁明の機会の保障の規定は無い。必ず弁明を聞く必要があるとは限らないからである。

それにもかかわらず、被告弁護士会の会規が、従前、対象弁護士に必ず弁明を求めると規定していたのは(甲3、会規27条1項2項)、適正手続きの趣旨を正しく理解せず、対象弁護士に無駄に負担を負わせていたものである。

そのような無駄な負担を規定する会規の存在を理由に、懲戒請求者の住所氏名を対象弁護士にいきなり通知することが正当化されるものではない。


イ 本件では弁明をさせていないこと

 本件懲戒請求においては、被告弁護士会は平成30年4月3日に綱紀委員会の調査に付し、翌4日に綱紀委員会は懲戒委員会に調査を求めないとする議決をしている(甲5の1)。すなわち、被告弁護士会は被告嶋﨑に、「事案」について弁明を求めていない。弁明を求めない以上、懲戒請求者らの個人情報を被告嶋﨑に提供する必要は皆無である。


ウ 弁明に懲戒請求者の個人情報は必要無いこと

被告弁護士会は「適切な弁明等の防御をするためには、いかなる者からの懲戒請求であることを知る必要性は極めて高い」と主張している(甲34の14頁)。しかし、全くそのようなことはない。

調査の対象も、防御の対象も、懲戒事由とされた「事案」である。「事案」に関して、訴えられている内容と、集められた証拠を知ることができれば、適切な防御は出来る。(刑事事件で、被告は公訴事実と開示された証拠を与えられて防御する。制度上検察官の氏名は知らされるが、検察官の住所は全く必要ない。)たとえば、対象弁護士が預り金を横領したとして懲戒請求された場合、懲戒請求したのが金を預けた依頼者なのか、横で見ていた事務員なのかを知る必要は全くない。もちろん依頼者や事務員が不利な供述をしているのであれば、その信用性を弾劾する機会が保障される必要があるが、その依頼者や事務員が懲戒請求者であるかどうかを知る必要は全くない。


4-2-4濫用的懲戒請求の場合―被告弁護士会における原則と例外の逆転―

  被告弁護士会は、濫用的な懲戒請求が不法行為を構成することがあるというが、それであれば、現実に対象弁護士が損害を被り、その被害回復のために必要であると弁護士会が判断した場合に限って、例外的に、懲戒請求者の住所氏名を開示すればよい。巧妙な事実のねつ造による懲戒請求などが想定されよう。プロバイダー責任制限法でも、権利侵害が明らかで損害賠償請求のために必要な場合等に限って発信者情報が開示される。個人情報は秘匿が原則、開示が例外である。そのような例外的な場合に当たらないのに、ありとあらゆる懲戒請求で一律に懲戒請求者の住所氏名をいきなり開示する必要性など微塵も無い。


4-2-5懲戒請求者の予測可能性関連

(1)懲戒請求者の立場に関し

ア 被告弁護士会は、懲戒請求者の住所氏名を対象弁護士に知らせる理由として、「懲戒請求者は」「綱紀委員会や懲戒委員会の調査手続において、陳述、説明又は資料の提出を求められることがある」ことを挙げている(甲34の14~15頁)。

しかし、懲戒請求者がそのような立場にあるからと言って、個人情報を対象弁護士に知らせる必要があることにはならない。対象弁護士は、目撃証言であれば、誰がどのような証言をしているか知らされなければならないが、その目撃者が懲戒請求者かどうかを知る必要は無い。

イ 被告弁護士会は、懲戒請求者が、異議の申出や綱紀審査の申出をすることができる立場であることを理由に、懲戒請求者が「誰であるかについて対象弁護士が知らされることなく手続きが進められることが合理的とは言いがたい」などと主張している(甲34の14~15頁)。しかし対象弁護士の防御のためには、異議の申出の理由や綱紀審査の申出の理由を知らされれば十分である。


(2)ウェブサイトで公開されている個人情報保護方針

 それどころか被告弁護士会のウェブサイトを読めば、個人情報は守られるとしか解釈できない。被告弁護士会はそのウェブサイトに「神奈川県弁護士会個人情報保護基本方針(プライバシーポリシー)」を掲載し、「個人のプライバシーをはじめとする権利利益を侵害することのないように」「個人情報の保護を推進することを宣言し」「収集した個人情報の利用は、収集目的の範囲内で行い、原則として本人の了解なしに、目的外に利用したり、第三者に提供したりすることはありません。」「当会における個人情報の取扱いは、個人情報保護法及び下位法令並びに関係するガイドラインの定めるところに従います。」と、一般人に向けて発信している(甲2の1)。このウェブサイトを読んだ一般人が、被告弁護士会に懲戒請求書を出したら本人の了解なしに対象弁護士に住所氏名が提供されると予測することなど、到底不可能である。むしろ、受け取るメッセージはその正反対の、“懲戒請求者の個人情報は本人の了解なしに対象弁護士に提供することはありません“としか読めない。

 したがって被告弁護士会の主張は失当である。


(3)予測を不可能ならしめるその他の事情

 前記のとおり、他士業では懲戒請求者の個人情報が対象者に知らされることは無い。

 裁判官の訴追請求においても、請求者の個人情報が対象裁判官に開示されることは無い。

公益通報制度においては、通報者が通報によって不利益を被ることが無いよう守られている。

個人情報保護法が制定されて久しい。その制定前から最高裁判決で、個人情報はプライバシーにかかる権利であり、みだりに第三者に開示されたくないという期待は法的保護に値すると判示されている(甲8~10)。

本件懲戒請求運動に先立って行われた検察庁への外患罪告発運動でも、検察庁がいきなり被告発人に告発状を送って告発者の個人情報を漏らすようなことはなかった。検察庁で内容を検討して、受理しない方針を取り、返戻したようである。

したがって、ひとり弁護士会だけが、まさか懲戒請求者の個人情報をいきなり対象弁護士に横流しするなど、全く誰にも予測することはできなかった。


(4)他士業の懲戒請求との比較について

前記のとおり、他士業においては、懲戒請求者の個人情報が対象者に開示されることはない。

これについて被告弁護士会は、他士業と弁護士会では懲戒制度が異なるから、他士業で懲戒請求者の個人情報を対象者に開示していないとしても、弁護士会はそうではないと主張する(甲34の16~17頁)。

しかし個人情報の要保護性はどこでも同じであるから、弁護士会だけが個人情報を本人の同意なく第三者に漏らしてよいことにはならない。他士業と弁護士会との違いは、自治が認められているか公権力の監督を受けるかの違いだけである。対象者に逆恨みされる可能性、情報提供者を守る必要性は、何ら変わらない。

したがって被告弁護士会の主張は失当である。


4-3小結

以上のとおり、懲戒請求者の個人情報を対象弁護士に横流しすることは違法でないという被告弁護士会の主張は、全て失当である。


第5 損害


5-1プライバシーや家族の安全

 被告嶋﨑は、大量懲戒請求の被害として、家族にも害が及ぶのではないかという恐怖心を訴えている(被告嶋﨑の陳述書、甲36の9頁)。曰く「私に対する恨みから、私自身の趣味や地域などでの私生活はもちろんのこと、会社員(金融機関)であり顧客の前に顔を晒し接客もしなければならない妻、まだ幼い子どもら、実家の両親など同じ姓の親族、妻方の親族なども、私との関係が明らかになることで、(私がそうであったように)無関係な第三者から言われの無い恨みを買い、今後、大きなトラブルに巻き込んでしまうのではないかという、恐怖感も覚えます。」

 しかし、原告らは被告嶋﨑の家族など全く知らないし、本件各懲戒請求書にも、被告嶋﨑の家族も自宅も一切書かれていない。書かれているのは被告嶋﨑の事務所である。事務所は被告嶋﨑がもともと公開しているものである。

 これと比較すると、被告嶋﨑は、本件リスト公開により、原告らの自宅の住所と氏名を不特定多数人に公開したものである。原告は自宅を不特定多数に公開したことなどなく、意に反してそれを公開された原告らの苦痛は、被告嶋﨑のそれより当然強い。被告嶋﨑は、自宅を知られたわけでもないのに上記のように恐怖心を強く訴えているのであるから、自宅を不特定多数人に知られた原告らの抱く恐怖心については、凡そ争いが無いはずである。

 現に、原告3の自宅を、突然2名の全然知らない人が訪れ、余命ブログの件で取材させてほしいと言ってきた。その不気味さは言葉で言えないほどである。

 一連の懲戒請求にかかる損害賠償請求訴訟は、これに関心を持つ人々が傍聴することが多く、中には毎回傍聴したり記録を閲覧したりして、その得た情報をインターネットに流している人もいる。本件ブログのブログ主を非難する立場の人物が、そのようなウェブサイトを開いており、そこでは、選定当事者は全員実名、選定者も氏名の一部、郵便番号、都道府県、生まれ年、靖国神社奉納云々等の極めてセンシティブなプライバシーが、赤裸々に掲載されている(甲37)。

 したがって、プライバシーや家族の安全に対する不安、恐怖は、原告らが受けたものの方がはるかに大きい。


5-2 損害の金銭評価―早稲田大学事件における要素との比較参照

前記の早稲田大学が講演会名簿を警察に提供した事件の差し戻し控訴審では、初めから講演会で野次を飛ばしたり横断幕を掲げる目的で参加した学生について、プライバシー侵害に対する慰謝料は5千円であった(甲9)。そうでない学生の事件では、1万円であった(甲10)。

同事件で慰謝料がそのように低額であるのは、国賓の講演会に参加するという事実は思想信条などを推測させる事実ではないこと(したがって他者に知られたくないと思う度合いが低いこと)、国賓の警備の目的で使用後に廃棄することを要請した上で警察に名簿を渡すこと自体は必要性合理性が認められること、警備担当の警察署に名簿が渡ったことによる具体的な損害が発生しなかったことなどが考慮されたためである(甲9、10)。

そこで上記で考慮された諸事情と比較し、本件はどうであるかを以下に主張する。


5-2-1 思想信条にかかる情報であること

 前記のとおり、本件個人情報は思想信条に基づく活動であり、他人に知られたくない情報である。


5-2-2 社会的なバッシングの対象となっていること

 前記のとおり、懲戒請求者らについてマスコミの偏向キャンペーンやSNSでの侮辱脅迫が繰り広げられてきており、懲戒請求者らの個人情報は秘匿の必要性が高い。


5-3-3 裁判所における不特定多数への公開であること

  早稲田大学の講演会の事案では、個人情報名簿は、警備担当の警察に、使用後は廃棄するよう要請した上で提供されたものであった。ところが本件では、不特定多数に対し無防備に開示され続けているものである。

  別件横浜訴訟は、多くの異なる部に係属し、各々の事件につき、訴訟記録が何人でも閲覧できる状態に置かれている。しかも被告嶋﨑は、横浜地裁に提訴した訴訟の情報を頻繁にツイッターで公表し、少なくない人々がそれを閲覧している。したがって原告らのプライバシー侵害の程度は非常に大きい。

この点、裁判所で訴訟記録を閲覧する者は稀であるから、損害は軽微だと考える向きもあるかも知れない。しかし、仮に閲覧者がいなくても、多くの係属部で異なる裁判官と書記官の目に入る。17事件のうち10件が合議事件であるから、目にする裁判官の数もそれだけ多い。その上、裁判所では当該事件を担当していない裁判官や書記官も訴訟記録を見ることが出来るから、非常に多くの人々に情報が開示されたものである。

しかも、本件リスト(甲4の1)は報道やSNSで悪く書かれている大量懲戒請求の請求者の住所氏名が掲載された一覧リストであるから、思わず「知っている人がいないかな」と興味をそそられて見てしまう類の情報である。裁判官と書記官に守秘義務が課せられているから見られて良いということにはならない。当職も法律相談中に見せられたマイナーな宗教の信者名簿に、趣味仲間の人の名前を見つけて驚いたことがある。守秘義務があるから黙っているが、当職に知られたことを知ったらその人は嫌がるであろう(嫌だから宗教のことを今迄言わなかったのであろう)。

ましてや、人間の脳は、情報の内容の記憶は残りやすいが、その情報をどのように知ったかという入手経路の記憶は失われやすいものである。裁判官や書記官がたまたま原告らのことを知っていて、原告らが懲戒請求をした事実を知ったら、それが本件リスト(甲4の1)によって知った情報である(したがって守秘義務がある)ということをいつまで記憶しているか、保証の限りではないのである。

したがって、裁判所の訴訟記録に編綴されたことによる原告のプライバシー侵害の程度は極めて大きい。


5-2-4 大量コピー162枚の作成と162人への直接郵送

 別件横浜訴訟の17事件で訴えられた人は162人という多数人であり、全国各地に散らばっている。被告嶋﨑は本件リストを162枚も大量にコピーし、それをこの162人に直接、横浜地裁経由で送り付けたのである。訴訟記録の謄写は関係人でなければ許されないが、全国162人に郵送されたコピーは、何部でも自由に複製可能である。

 これら162人には守秘義務もない。家に置いておけば家族も見ることができるであろう。早稲田大学の名簿が、用が済んだら廃棄するようにと要請した上で守秘義務を負う公務員(警察)に提供されたのとは、全く状況が異なる。

この点、別件横浜訴訟で提訴されたのは原告らと同じく懲戒請求をした人々ばかりだから、言わば仲間であり、知られてもいいではないかと、損害を軽く考える向きもあるかも知れない。しかしそれは違う。仲間がいつまでも仲間とは限らない。現に、本件ブログ主を激しく非難しているウェブサイト「余命💛ななこに天誅!余命三年時事日記の嘘とワナを暴く」(甲37)の発信者(「せんたく」)は、他ならぬ本件ブログのスタッフだったことがある人物である。各種報道でも、和解者が懲戒請求したことを振り返り「洗脳されていた」「過激に偏りすぎた」などと言って大量懲戒請求を否定的に取材記者に語っている(甲20、25)。これら例のように、思想信条の傾向が似通って一時同じ行動をとったからと言って、いつまでも仲間とは限らない。原告らは、本当に信頼できる人以外には、個人情報を濫りに知られたくない。

したがって、原告らのプライバシー侵害の程度は甚大である。

5-2-5 現実の閲覧者の存在、ネットへのアップ

  現に「せんたく」と呼ばれる人物が一連の懲戒請求訴訟の訴訟記録を閲覧し、訴えられた人の実名や郵便番号や生まれた年や靖国奉納云々をインターネットに掲載している(甲37)。

  被告嶋﨑自身も、提訴の報告をツイッターに上げている。被告嶋﨑や「せんたく」がネットでこれら17事件の存在を公開することで、さらに閲覧者が増える可能性がある。原告らは今後ずっと、その恐怖に怯えなければならない。


5-2-6 情報開示の必要性合理性が皆無なこと

  早稲田大学の講演会の事案では、警備のために名簿が必要であることが考慮され、慰謝料が低額となった。

本件では、被告嶋﨑が他の懲戒請求者らを相手方として損害賠償を請求するに当たり、原告らの個人情報は、主張立証上、何の必要性も無い。

仮に本件リスト(甲4の1)を出すにしても、原告らの個人情報を黒塗りにして証拠提出することは極めて容易である。

現に被告嶋﨑は、「甲第4号証の2」(甲4の2)については、同じく懲戒請求者の一覧リストが元々付いていたのに、これを省いて証拠提出している。

したがって、原告らの個人情報は、何の必要性も合理性も無いのにたださらされたものであり、このことによる精神的苦痛は非常に大きい。特に、被告嶋﨑は「甲第4号証の2」(甲4の2)のリスト登載者のプライバシーは守るが、原告らのプライバシーは守る必要が無いと判断したのであり、その差別的取扱いによる精神的苦痛は極めて大きい。


5-3 損害金額についてまとめ

早稲田大学の事案では、「本件大学が行った本件個人情報の開示が違法であることが本件訴訟において認められるならば、控訴人らの被った精神的損害のほとんどは回復されるものと考えられ、控訴人らの本訴提起の目的も、金銭による賠償を求めるというより、むしろ、本件大学による本件個人情報の開示が違法であることの確認を求めるという意味が大きいものとうかがわれる。」などとされて(甲9、10)、低額な慰謝料にとどまったものである。

しかし、本件で各原告は上記のとおり重大なプライバシーの侵害を受けたものである。早稲田大学の例を参考に算定してみる。早稲田大学の事案では、①政治的信条に関わらずバッシングも受けていない事項にかかる個人情報を、②警備上の合理的必要性があって、③守秘義務を負う警察に、④用が済んだら廃棄するように要請して、提供したことの慰謝料が1万円であった。


5-3-1 被告弁護士会による本件無断提供の慰謝料

①政治的信条に関わる事項にかかる個人情報を、②何の合理的必要性も無いのに、③守秘義務を負う個人情報取扱事業者である弁護士に、④逆恨みして報復に出るおそれがあるのに敢えて、提供したことの慰謝料が4万円を下ることはない。


5-3-2被告嶋﨑による本件リスト公開の慰謝料

(ア)裁判官書記官に直接見られることの慰謝料

①政治的信条に関わりバッシングを受けている事項にかかる個人情報を、②何の合理的必要性も無いのに、③守秘義務は負うが、④記録を長期間廃棄できない裁判官書記官に見せたことの慰謝料は、別件横浜訴訟の1事件につき3万円を下ることはない。したがって17件であるから51万円である。実際には一部の訴訟は控訴審に移審しており、高裁の裁判官書記官の閲覧にも供されているから、それ以上の損害が生じているものである。


(イ)162人の第三者への送付による慰謝料

①政治的信条に関わりバッシングを受けている事項にかかる個人情報を、②何の合理的必要性も無いのに、③守秘義務を負わず、④記録の保管や廃棄につき何の規制もない第三者に紙コピーを送り付けたことの慰謝料が、1送付につき4万円を下ることはない。したがって162人であるから648万円である。


(ウ)訴訟記録の一般公開による慰謝料

①政治的信条に関わりバッシングを受けている事項にかかる個人情報を、②何の合理的必要性も無いのに、③守秘義務を負わない不特定多数人に、④自由にメモを取れる状態で閲覧し得る状態に置いたことの慰謝料は、1事件につき4万円を下ることはない。したがって17件であるから68万円である。


(エ)慰謝料合計

上記(ア)51万円+(イ)648万円+(ウ)68万円の合計767万円が、慰謝料である。

提訴行為毎に見るならば、最初の2件(平成30年(ワ)4750号、同4751号)は被告数が各6人であるから、(ア)3万円+(イ)4万円×6人=24万円+(ウ)4万円=31万円/1件である。それが2件であるから合計62万円である。

その余の15件は被告数が各10人であるから、(ア)3万円+(イ)4万円×10人=40万円+(ウ)4万円=47万円/1件である。それが15件であるから合計705万円である。

よって、合計767万円が慰謝料である。

             

5-3-3 弁護士費用

 本件は、不法行為に基づく損害賠償請求であり、各原告は弁護士委任を余儀なくされた。そこで相当因果関係のある損害として、請求する各慰謝料の1割の額の弁護士費用を請求する。

すなわち、請求の趣旨1については、各原告につき4000円の弁護士費用である。

請求の趣旨2については、各原告につき76万7000円の弁護士費用である。

 これを別件横浜訴訟の提訴行為毎に見るならば、最初の2件(平成30年(ワ)4750号、同4751号)は慰謝料が31万円/1件であるから、弁護士費用は3万1000円/件である。最初の2件の慰謝料と弁護士費用の合計は34万1000円/件である。

その余の15件は慰謝料が47万円/件であるから、弁護士費用は4万7000円/件である。その余の145の慰謝料と弁護士費用の合計は51万7000円/件である。


(4)遅延損害金

 請求の趣旨1については、本件無断提供がされた日を不法行為の日と考え、その日より後の日である平成30年5月27日からの遅延損害金を求める。本件リストと一緒に同封された本件懲戒請求の決定通知書が同年4月27日付けで発行されているから、どんなに遅くとも1ヶ月後の同年5月27日には本件リストが被告嶋﨑に到達した、すなわち本件無断提供がなされたはずである。

 請求の趣旨2については、別件横浜訴訟の各訴状が横浜地裁に提出された日を不法行為の日と考え、その日より後の日からの遅延損害金を求める。起算点は、期日呼出状の日付とし、事件番号が先の事件の期日呼出状の日付が、事件番号が後の事件の期日呼出状の日付よりも後である場合には、係属部内部での審査に時間がかかったものであり訴状は同時期に届いていたと考えられるので、事件番号が後の事件の期日呼出状の日付を起算点とした。

 起算点ごとの請求金額は請求の趣旨記載のとおりである。それと別件横浜訴訟の各事件との対応関係は、別紙「別件横浜訴訟一覧」記載のとおりである。


第6 被告弁護士会の共同不法行為責任

 被告弁護士会は、前記のとおり本件無断提供を行って被告嶋﨑に本件リストを提供し、それにより被告嶋﨑が本件リスト公開を行って原告らに損害を与えた。そうである以上、被告弁護士会は、被告嶋﨑による本件リスト公開につき、被告嶋﨑と連帯して不法行為責任を負う。

 個人情報は、それが本人の承諾なく第三者に提供されるというだけで、本人のプライバシー保護に対する期待を裏切るものであるから、不法行為を構成する。その個人情報が利用され具体的な損害が発生しなくても、慰謝料請求権が発生する(甲7)。それが請求の趣旨1における損害賠償請求である。

そして、違法に第三者に提供された個人情報が利用されて本人にさらに精神的苦痛を及ぼせば、それは最初の違法な第三者提供が孕む危険性が具体的に発現したことによる損害である。つまり最初の第三者提供行為の結果である。したがって被告弁護士会は、被告嶋﨑による本件リスト公開の結果生じた損害についても、賠償責任を負うのである。これが請求の趣旨2である。

加えて、被告弁護士会は弁護士会であるから、弁護士法31条により、「弁護士(中略)の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士(中略)の事務の改善進歩を図るため、弁護士(中略)の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする」団体である。そのような立場にある被告弁護士会が、センシティブ情報である本件リストを敢えて被告嶋﨑に交付した以上(被告弁護士会の先行行為)、本件リストの取扱いには十分に注意し、まちがっても一般に公開したり、法定の除外事由がないのに第三者に提供するようなことがないよう、被告嶋﨑を指導監督する義務があった(先行行為に基づく作為義務)。そのような義務は、個人情報保護法20条ないし22条の趣旨からも導かれるものである。この作為義務は、極めて容易に果たすことができるもので、本件リストの冒頭に「本リストは個人情報であるため取り扱いには十分注意すること」とでも添え書きすればよいものである。それにもかかわらず被告弁護士会は、何らの指導監督も行わなかった。この作為義務違反は、原告らに対する不法行為を構成する。被告弁護士会が適切な指導監督義務を果たしていれば、被告嶋﨑による本件リスト公開は防止することができた。したがって、被告弁護士会の指導監督義務違反は、被告嶋﨑による本件リスト公開と、共同不法行為の関係にある。

以上により、被告弁護士会は、被告嶋﨑と連帯して原告らに損害を賠償する義務を負う。


第11 結語

上記の請求原因により、請求の趣旨記載の判決並びに仮執行宣言を求めて、本件提訴に及ぶ。




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