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871 日本を守る情報リテラシー

「日本を取り戻す」 - 安倍総理の思いを、一人ひとりが引き継いでいきます。



返す返すも故安倍晋三元首相暗殺テロ事件は悔やまれてしようがない。


直接会ったことが無くても、自分にとってこんなに身近な存在であったのか、どれほどの思いを託していたのかということを、沸き出る涙で今更ながら気づいた方も多いだろう。

それほどまでに大きな存在であった事実に、多くの国民が直面させられているのである。


故安倍元首相に起こったこの現実は、我々に何かを教えている。

痛ましい事件から、今何が大切なのか、何に焦点を合わすべきかを考えてみたい。


稚拙な情報操作も幾度となくあらゆる方向から行われれば、それが真実であるように見えて来る。そして、それがあたかも今の重要なポイントである、という方向に導こうとする評論家やコメンテーター、心理学者や宗教学者、政治家や芸能人等。いわゆるインフルエンサーらが切り貼りの情報を基に、自分は日本人として中立的な立場であるといった安全地帯から真剣な顔をして発信する。何の基礎知識も持たない視聴者の脳裏ではそれを既成事実化し、そして、それらの情報をインプットされた国民は、さも自分の意見のように彼らの受け売りを口にし、その評価を下し仲間内で同調する。


故安倍晋三元首相の暗殺事件において、今まさに行われている情報操作を検証することで、情報戦・心理戦が見えて来るのではないだろうか。


・実行犯の一人犯行説が先行

・動機は政治的背景では無く、個人的な問題

・宗教がらみで統一教会への恨み

・統一教会に関与する自民党議員の詳細な報道


マスコミの多くは、事実の特定部分のみにスポットライトを当て真実として報道し、それをクローズアップしてさもそれが全てであるようにして、本質から目をそらそうとしている。

問題点、不審点は時系列的に加算される。しかし、与えられた事実にはバイアスがかかっていないか、一歩下がってそれらを評価することは必要だろう。どの事実にも同様のスタンスで向き合い、本質から目をそらすことなく俯瞰すれば何かが見えて来る。


リテラシーを高め、事実をどう理解し分析するか、自分の内にある真実の集合体と現実に起こっていることに整合性はあるのか、現時点で推定できる事実は合理的なのか、ということを客観的に捉え、俯瞰することが日本の未来には必要なことではないだろうか。


特定組織の意を汲んだ報道に誘導されたり、騙されたりしないようにすることは、残された日本国民が出来る、故安倍晋三元首相への最大の供養だろう。


実際、我々は、故安倍晋三元首相にあまりにも多くのことを背負わせていたのではないだろうか。国の船頭は一人で良く、進む方向は船頭任せであり、その審判を乗客である国民が行う。ここまでは良い。しかし、進路を誤らせようとして船頭の足を引っ張ることは無かっただろうか。船頭の邪魔をしようとする者を諫めただろうか。自分への火の粉を恐れるあまり、船頭の行く手を阻もうとする輩に対し見て見ぬ振りをしなかっただろうか。一人で汗を流している船頭に寄り添い、エールの声をかけ、感謝の気持ちを心から伝えただろうか。


自分は何をして来ただろうか。これから何をすべきだろうか。自分の志とは何だろうか。自分の価値基準からぶれたりはしていないだろうか。もう一度自分に問いかけてみたい。

今こそ原点に帰って、「日本人としてのありかた」を見つめ直すことが重要だろう。


各人とも各様の現実の中で自分の人生を必死で生きている。互いにそれを理解し、ある時には助け合い、ある時には忖度し、共に楽しみ、共に笑い、共に泣き、共に憤り、共に戦う。

そして、ある時には己の身を削ってでも他者の命を繋ぐ。それが人間であり日本人だ。


必死で生きている者の弱みに付け込んだり、他者の物を奪ったり、弱肉強食を共生社会に持ち込む文化など日本にはなかった。「みそっかすの精神」が伝統的精神文化である日本にとって、弱者の権利を利用して旨みを吸い取るなどといった卑劣な発想など異次元のものであった。歴史的に、相互扶助、相互共助が当然の日本人は、だからこそ性善説が当然であった。


しかし、特定組織に浸食されている現在の日本において、「善意」は状況やステージが変われば異次元のように別物となる。戦後77年を経ても、日本人は見せかけの善意に未だに騙されているのが現状なのである。


悪意は善意を利用する。


ややもすれば、「そんなはずはないだろう」「何かの間違いだ、誤解だ」「すべてがそうとは限らない」などと善意解釈をしがちな我々は、寄生者、捕食者にとって絶好の弱点となっている。だからこそ、日本人は善意や人の好さを利用する悪意に鈍感なのである。


昨今、ネットでは、さまざまな情報が飛び交っている。

日本を取り戻そうとしている時に国家観を世界基準に合わそうとしたり、人類問題や世界経済問題を基準に語ろうとすることは、焦点をぼかすのみならず、志のベクトル方向を歪めかねないことにも気が付かなければならない。


何より「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」ことに直結するか否かが重要である。


さらに言えば、情報のエビデンスを自分なりに検証し、自分のリテラシーに自信があったとしても、それはそれ、これはこれ、と分別することこそ、情報戦略を得意とする敵性勢力に立ち向かい、真の日本を取り戻すために必要ではないだろうか。

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